昨日の帰り道、クラスの話をしている途中、よっちゃんはなんだかまじめな顔をして、みかちゃんのことが好きだと言った。みかちゃんというのは、今、私の斜め前の席に座って、黒板に書かれた算数の式を必死に解いている子だ。その様子をぼんやりと見つめていると、彼女が少し動くのに合わせて長い髪がサラサラと揺れた。 　誰かが「みかちゃんは入院したことがあるんだよ」と言っていた。そういえばドッチボールやバスケットボールと言った激しく体を動かす授業の日はいつも運動場や体育館の端っこでおとなしく体育座りをして、じっと授業の様子を見つめていた。あまり口数も多い方ではないようで、彼女が大きな口をあけて笑うところを見たことがない。それに、彼女は私のいる仲良しグループのメンバーではないので、よく考えてみれば私は彼女のことをあまり知らなかった。 　手が止まりぼんやりとしていたせいか、じろりと睨んできている先生に気付いた私は、慌てて算数の問題を解きながら、さりげなく自分の髪を梳いてみた。途中で指が引っ掛かってしまった私の髪は、どうやらお世辞にもサラサラとは言えないらしい。 「どうして、昨日私にあんなこと言ったの」 　私とみかちゃんは仲良くもないのに。今日の帰り道、よっちゃんにそう聞いてみた。私たちは幼稚園の頃からの幼馴染で、家も同じ通りにあるため、小学六年生になっても日課のように毎日一緒に帰っている。 「わっかんね。なんでだろ」 　昨日のようなまじめな顔はどこへやら、よっちゃんはいつものようにとぼけた顔――まるでちびまるこちゃんに出てくるはまじのような――で、私の二、三歩先に片足でとんとん、と進んでいった。 「ねえ、なんで？　私に相談に乗ってほしかったの？」 「わかんねーってば。だって俺、別にそんなに好きじゃねーもん」 　冗談っぽく言った私にむきになるように答えたよっちゃんを見て、はっとした。嘘をついていることがわかったからだ。よっちゃんはいつも人の目を見て話す。昔からそうだった。よっちゃんの目には強い光があって、じっと見つめられた私はいつも彼には本当のことしか話せない。そんなよっちゃんが目をそらすときは、彼が嘘をついている瞬間だと思った。 「ふーん、だったらいいけど」 　でも私は気付かないふりをした。その方がよっちゃんにとっても、なぜだか私にとっても都合のよいことのような気がした。 「……なつめ、さ」 「うん？」 「付き合うって、なんなのかな」 　少しうつむいていたよっちゃんの目が急に私をとらえた。昨日と同じ真面目なよっちゃんだった。私は、嘘はつけない、と思った。 「……わかんないよ」 　語尾は掠れてしまったけど、正直に答えた。本当に「付き合う」ということを言葉には表せないけれど、何となく予想はできた。私はテレビっ子で、よく恋愛ドラマを見ていたから。よっちゃんは、誰かと付き合いたいのだろうか。 「そっか、だよなーごめんごめん」 　よっちゃんが軽く謝った後、お互いそのことには触れず、昨日見つけたタマムシの話や、サッカーで転んだけがのことなどを話しているうちに、私の家の前に着いた。よっちゃんの家はもう少し先の赤い屋根の家だ。 「じゃあまた明日な、なつめ」 「……よっちゃん」 「なに？」 「やっぱり……嘘はよくないよ」 　他愛のない話をしながらも、やはりあの話の本当の所が気になって仕方がなかった私が、そう呟いてよっちゃんを見つめると、よっちゃんは顔を赤くして、それから目を細めてちょっとだけほおを緩ませた。彼のゆるんだ笑顔が私は昔から好きだった。 「なつめには嘘つけないな」 「どうして？」 「俺を見る目がね、なんか光ってるから」 　それは私のセリフだよ、と言うと、嘘だ、俺そんな顔してないぞとよっちゃんはサッカーでゴールしたときのような笑顔で笑った。 「お互い嘘はつけないからね」 「わかったよ、じゃあ言うけど」 　よっちゃんはちょっとだけ間をおいて、言った。今日二回目のまじめな顔だ。でも、本当は聞きたくない気がした。昨日のあのときはあまり感じなかったが、今はうまく息ができない。 「俺は、みかちゃんのことが好きだよ」 「やっぱり」 　肩がずっしりと重くなった。胸がぎゅうぎゅうと締め付けられている。こうなることはわかっていた。昨日からずっと私は嘘つきだ。たぶん、これからも。 「応援するよ、何でも相談して」 「おう、ありがと、なつめ」 　私の名前を呼んで嬉しそうに家の方へ走って行ったよっちゃんを見送り、家に入った後、私はドアの前で崩れるように泣いた。あまりに大声で泣いたので、お母さんが慌てて走ってきたけれど、そんなこと気にしている余裕などなかった。 　私はこれからも自分にもよっちゃんのあの瞳にも嘘をつき続けなければいけない。 　私はみかちゃんに恋をするよっちゃんが好きなのだ。 嘘をつく人 浅い眠りの中で見たのはわたしの本当の欲望 お題はひなせさまよりいただきました。