ヤドカリをもらった。
 あたしはとりあえず水槽に水を少し張って、砂浜を作るように砂を入れた。
 貝もいくつか入れた。引っ越し用にいるそうだ。
 わかんないなあ、あたし、なんでヤドカリなんか飼ってるんだろう。

 ヤドカリはポップコーンが好きだと聞いたので、ためしにあげてみた。もそもそと本当に食べている。なんだか不思議な気分になった。
 ふと、昨日と貝が変わってる気がした。もう引っ越ししたのか。

 そういえばヤドカリは昼間は動かない。あたしが夜中バイトから帰ってきたらごそごそしてる。ヤドカリって夜行性なんだ。
 背負ってる貝がもとの貝に戻っていた。それが奴のお気に入りらしい。

 あたしは失恋した。彼氏に彼女ができた、っていったらなんだか日本語がおかしいかもしれないけど、とにかく、あたしは振られた。
 ふとヤドカリを見てみた。向こうもあたしを見てる。そんなに人間の涙が珍しいのか。じっとこちらを見ていたヤドカリは、もぞもぞと貝の中に帰って行った。
 何も言わない動物は何を考えているかわからないから余計不気味だ。だから私は今まで鳴かない動物はあまり好まなかった。

 このヤドカリをくれたのは、今日あたしをデートの途中で振った男だった。今からだいたい二週間くらい前、「もう飼えないから」と言って彼はへらへら笑ってヤドカリをあたしに押し付けた。いやなものを押し付けてくれる、と思いながら、あのときのあたしは、あたしを愛してくれている男の頼みだからと快く引き受けた。
「あたしとあんたは捨てられたんだよ」
 貝をつついてみた。ヤドカリは何も言わない。
「新しい彼女、動物アレルギーなんだって。ヤドカリにもアレルギー反応するのかよっつー話だよね」
「あたしの苦手なものになんか、全然気にかけてくれなかったのに。あたしのことは最初から興味無かったんだ」
 こんな愚痴をヤドカリに話しているなんて心底寂しい女だと思った。そして、そんな私を無視するかのように貝の中にこもったままのヤドカリが無性に憎くなった。
「何か言ってよ、あんたも捨てられたんだよ、あの男に」
 やっぱりヤドカリは何も言わない。貝の中にこもったまま、じっとしていた。
 あたしはますます苛立った。それと同時に悲しくなった。
「……何か言ってよ」
 さっきまで落ち着いていた涙がまたあふれてきた。こんな終わりかたってない。
 あたしが鼻をすすると同時にちょっとヤドカリの貝が揺れて顔が出てきた。
 わたしのほうをちらっと見て、ごそごそとヤドカリは宿に帰る。真似してみろと言わんばかりだったので、あたしも炬燵布団を外したテーブルの下にそっとうずくまる。
 涙は止まらないけど、普段の部屋より幾分か暗いその空間は、なんだかとても落ち着いた。

 ヤドカリとあたしは何時間もそうやって自分の宿にこもっていた。昼下がりの今、ヤドカリは宿の中ですやすやと寝ているのだろうか、それともあたしみたいになにかを思っているのだろうか。






ヤドカリの涙






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