えんとつゆうびんきょく



 遠くのほうから、ブルンブルンとバイクの音が聞こえてきました。でんさんという、まちでたった一人のゆうびん屋さんです。くたびれたゆうびんぼうしがトレードマークでした。
 バイクの音を聞いたまちの人たちは、あわてて外に飛び出しました。
 バイクが家の前でとまります。
「こんにちは、お手紙です」
 でんさんは、ネコのように大きな目のおくさんに手紙を渡しました。ネコ顔のおくさんは、宛先を見て、むっとまゆげの間にしわを寄せました。
「でんさん、何度も言いますけどね。この手紙はここじゃなくて、もう一つ先の通りの家のものですよ」
 おくさんはでんさんの持っていた地図を指差します。でんさんはじっと見つめ、首をかしげました。
「ごめんなさい。悪いけれど、届けてくれませんか。ぼく、地図がどうも苦手で……」
「またですか。私、どうしてあなたがゆうびん屋なんてやっているのか、本当にふしぎだわ」
 でんさんは体を小さくして、ひたすらあやまり続けています。今日こそは文句を言ってやろう、と外にとびだしたおくさんも、すっかりおこる気を失ってしまいました。  はいたつを終えたでんさんは、家へ帰ってきました。バイクをいつもの場所において、家の中に入ろうとしたときです。げんかんの前に一通の手紙が落ちているではありませんか。はいたつのとちゅうで落としたのかな、とでんさんは首をかしげました。うすいみずいろの手紙には、ていねいな字が書かれています。
「えんとつの上」
 住所の代わりかな。でんさんはうーんとうなりながら、あたりを見回しました。遠くに一本のえんとつが見えます。
「あそこなら道に迷わずに届けられそうだ」
 でんさんはつぶやいて、くるりと家に背を向け、歩きはじめました。


 えんとつがある工場につきました。でんさんは、工場から出てきた体の大きいクマ顔の男の人にたずねました。
「すみません、えんとつの上にはどうやって行けばいいのでしょうか」
「でんさんじゃねえか。そんな所まで手紙のはいたつたぁ、ごくろうなこった」
 おじさんは小さな目をきらきらとさせました。丸太のようなうでででんさんをつかんで、ぐいぐいひっぱっていきます。
「ここからずっとはしごを登って行けばいい。くれぐれも気をつけてな」
「はい。ありがとうございます」
 でんさんはつかまれていたうでをさすりながら、ていねいにおじぎをしました。
 一つ一つ足元を確認しながら、はしごをゆっくり登っていきます。ゆうびんぼうしが落ちないように、カバンの中にしまいました。まんなかまでやってきたとき、さらに上の方にだれかがいるのが見えました。
「すみません」
 声をかけてみました。けれども、声は風に飛ばされて相手には届かなかったようです。今度は大きく息をすいこみました。
「すみません、あなたにお手紙です!」
 遠くを見ていた小さな顔がこちらを見、手をあげて言いました。
「おーい、こっちまで来てくれないか」
「わかりました。今行きます」
 でんさんはほっとして、またはしごを登りだしました。
 てっぺんより下に作られた、やや広めの平らな場所に着きました。でんさんは息が少しだけ苦しくなっていました。大きく深呼吸をすると、冷たい空気が体の中に入ってきました。
「やあ、こんな所まで届けにきてくれてありがとう」
 ふり向くと、よく日に焼けたはだで、トビ顔のおじいさんがいました。おじいさんの小さくてするどい目がこちらを見ています。でんさんは急になつかしい気持ちになりました。
「ワシに手紙が来ているんじゃなかったかな?」
「おっとそうでした」
 でんさんははっとして、カバンからくたびれたぼうしと、うすいみずいろのふうとうを取り出しました。ぼうしをかぶり、手紙をおじいさんに渡しました。
「あなたの名前が書いていないのですが、ここにいるのはあなただけですか?」
 おじいさんは目を細めてうなずきました。
「ここはワシだけのひみつの場所じゃ」
 手紙を受け取って、おじいさんは手すりに近づきました。
「下を見てみろ。このまちのすみからすみまで見えるぞ」
 でんさんは、おそるおそる下に広がるけしきを見ました。少しはなれた所に、真っ赤な屋根の家が見えました。でんさんの家です。
「こんなに小さなまちなんですね」
「そうだな。上から見ればこんなものだ」
 でんさんは、ため息をつきました。
 いつの間にかあたりは夕方になっています。オレンジ色を散らしながら太陽がゆっくりと海に沈んでいきました。
 毎日、えんとつの上の手紙は続きました。いつ見てもあきないまちのけしきが、でんさんはすっかり気に入っていました。


ある日、でんさんはえんとつの上で、まちを見ながらため息をついていました。
「どうしたんだ、つらい事でもあったのか?」
 おじいさんがたずねると、でんさんはまゆげをハの字にして、力なく笑いました。
「とうとうおこられてしまいました」

前の日の昼ごろのことです。でんさんは、赤ちゃんをだいた、体の小さなおかあさんにしかられていました。
「いいかげんにして下さい!」
 おかあさんは目をつり上げて、ネズミのような声で続けます。
「このまちにはあなたしかゆうびん屋がいないから、ってみんなはがまんしているみたいだけど……私はもうげんかいです」
 でんさんはすっかり困ってしまいました。とうとう、この仕事を失ってしまうかもしれないのです。
 でんさんは地図で今いる場所を探しました。頭の中でたくさんの家がごちゃまぜになり、ぐらぐらと目が回ってきました。

 話し終わった後、でんさんはまたため息をつきました。持っていたゆうびんぼうしをつよくにぎりました。
「やっぱり、地図が読めないぼくにこの仕事はつとまらないですよね……」
 おじいさんは何も言いません。ただじっと、にぎりしめられてさらにくたびれてしまったぼうしを見ていました。
 しばらくして、おじいさんがでんさんに、にやりと笑いかけました。
「いい方法を考えたぞ」
「……なんですか?」
 ふたりはしばらくひそひそと話し合っていました。


 真上にあった太陽がかたむいてきました。でんさんはおじいさんにお礼を言って、えんとつからおりてきました。地図を見ると、えんとつをスタート地点にして、道に線が引かれています。でんさんはバイクを走らせました。
「どうぞ、お手紙です。」
 ついた先は、昨日のネズミ声のおかあさんの家でした。でんさんの持っている手紙を見つめた後、目を丸くしました。
「あら、今日はちゃんとここあての手紙だけですね」
「ええ、そうですよ」
「いったいどんなまほうを使ったの?」
「それは……ひみつです」
 でんさんは、むねをはずませながら地図をひらひらとさせて、次の家に向かいました。
 夕方、まちはでんさんの話で持ちきりでした。今日は誰の家にも届けまちがいがなかったのです。
「きっと、私が昨日しかったからよ」
「でんさんもやるときゃやる男なんだな」
 クマ顔のおじさんがわっはっはとごうかいに笑いました。
 でんさんは一通もまちがえずに手紙を届けるようになりました。家の外で待ちかまえる人たちもいなくなりました。
「今日のはいたつ分はこれだけかな」
 とんとん、と手紙をそろえてカバンに入れ、ぼうしをかぶり、でんさんはバイクにまたがりました。目指す先はえんとつの上です。
「こんにちは」
「やあ、よくきたね。じゃあ始めようか」
えんとつの上では今日も、二人で手紙の仕分けがはじまります。
おじいさんが住所を見ながら下に広がるまちを指差して、誰の家だと言いました。すかさず、でんさんが地図の家に丸をします。全部終わればえんとつから近い家を順につないでいきました。
「そういえば、最近おじいさんへの手紙がありませんね」
 ぽつりとでんさんがつぶやいた言葉に、おじいさんは目を細めて言いました。
「ああ、もう必要ないだろう」
「……え?」
「ずっとここから見ていたんだ。お前が道に迷ってうろたえているのをな」
 
でんさんはおどろき、恥ずかしくなりました。

「ワシは目がいいんじゃ」
 おじいさんが口の片はしをつり上げて笑いました。
「ワシはそんなお前の力になりたくて、ワシに手紙を書いたんだ」
 でんさんは話を聞いて、胸があたたかくなるのを感じました。
「ありがとうございます」
「いいんじゃ。誰かの力が必要なときだってある」
 おじいさんは、でんさんのくたびれたぼうしをとり、自分の頭にのせました。
「あの時のワシみたいにな」
「……あっ」
 でんさんは小さい頃のことを思い出しました。住んでいた町で、道に迷っていたゆうびん屋さんを助けたことがあったのです。よく日に焼けたはだに、小さくてするどい目をしたゆうびんやさんでした。でんさんのくたびれたゆうびんぼうしは、その時にお礼としてもらったものでした。
「やっとおんがえしができたな」
 おじいさんはほほえみながら、でんさんにぼうしをかぶせてやりました。
「もうお前は大丈夫だ。がんばれよ、でんさん」
「はい。では、行ってきます!」
「気をつけてな」
 えんとつの上からおじいさんはずっと手を振っていました。
バイクにまたがりながら、でんさんは地図を見ました。少し汚れた地図には、何度も線を引いたあとが残っています。でんさんはふしぎな気分になりました。今の自分は苦手だった地図を見て、手紙を届けているのですから。
バイクがブルンブルンと勢いよくまちにむかって走り出しました。
「こんにちは、お手紙です」











100124
去年授業で書いた課題作品。
今回はそれを加筆・修正し、インターネット用にレイアウトを変更しました。