暖太郎はこの時期になるといつももやもやとした気分になりました。ぴゅう、と冷たい風が吹くと、人間たちは北風だなと口々に呟くのです。さらに、人間の子どもたちが一人、また一人と歌いだすのでした。
「北風こぞうの寒太郎」
 暖太郎はこの歌を聞くたび、胸がぎゅうとつぶされたようになります。あんなに寒い風をびゅうびゅうと吹きつけて、人々が寒そうに身震いをしながらコートやマフラーを着込む姿を見て、ゲラゲラと大きな口を開けて笑っているいたずらこぞうの唄はあっても、暖かい風を運び、様々な生き物に春を告げるのを仕事としている自分の唄はないのだろうと考えてしまうのでした。
「僕は、目立っていないのかな」
 太陽が暖かく照りつけ、草がさわさわと心地よく流れている原っぱに腰をおろして、暖太郎はため息をつきました。ここにはまだ暖太郎は到着していないようです。
「ここも、もうじき冬になる」
 この原っぱは二人の最後の待ち合わせ場所でした。寒太郎と会うと、暖太郎は次の春の準備をしなければいけません。
 ぴょん、と草の中から一匹の野うさぎが顔を出しました。
「こんにちは、暖太郎」
「こんにちは」
「もうすぐ冬ですね」
「そうですね」
 暖太郎は、また胸が苦しくなりました。みんな寒太郎を待ち望んでいるように思えて仕方がなかったのです。
「うさぎさんは、冬が好きですか」
 勇気を振り絞って尋ねてみると、うさぎはピクピクと耳を動かして答えました。
「わたしは冬眠をするので冬のことは、あまり」
「そうですか」
「何かあったのですか」
 うさぎの丸い目が暖太郎の方をじっと見ていました。ぽかぽかと暖かい太陽の光の下、暖太郎はぽつり、ぽつり、と話し始めます。人間が北風の名を口にすることはあっても、南風の名を呼んでくれないこと、寒太郎の唄のこと。
 最後までうさぎはじっと聞いていました。暖太郎が話し終わって、ふう、とため息をひとつついたとき、遠慮がちに小さな声で言いました。
「暖太郎さんがいるから、私たちは冬を乗り越えることができるのですよ」
 うさぎが小さな目を少しだけ太陽の方へ向けました。まだ穏やかな風が辺りを包んでいます。
「人間もきっと、あのいたずらな寒太郎に負けないように歌っているんだと思います」
 暖太郎は心がほかほかとあたたかくなるのを感じました。
「寒太郎の唄は、あなたに早く会いたいという思いもこめられていますよ」
 きっとね、と言って、うさぎはぴょんとひとはねして草の中へ入って行きました。暖太郎はまた一人、原っぱに座って寒太郎を待っています。
 びゅう、ととつぜん強くて寒い風が吹きました。
「よう暖太郎。どうした、やけに嬉しそうだな」
 寒太郎の言葉に、暖太郎は笑みを浮かべました。
「いいえ、なんでもありません」
 暖太郎はひゅうと暖かい風をまとって空へ昇って行きました。途端、原っぱは木枯らしが吹き荒れます。
 次の春の準備を頭に描きながら、暖太郎は口ずさみました。
「冬でござんす、ヒュルルルルルルン」






100202
お題「木枯らし」で授業中に書いたものでした。